新世紀エヴァンゲリオン カミノミユキノ

作品の紹介です

激しさ極めるエヴァシリーズとの戦闘に敗れたアスカが気が付いた時、目の前に2人の兄妹がいた。
彼等との交流の中、次第にアスカは自分の過去を振り返り始める。
そんな時、現れた反乱軍。
戦火に包まれる街を、戦闘を越えた時、アスカは一つの決断を迫られた!
その決断の先にある未来とはなんなのだろうか!?

って感じのSSです。全7話。カップリング・なし
戦闘描写がありますので適度に生き死にです
シンジ君は脇役もいいとこ、ちょい役です。本筋に絡んできません
レイちゃんは音声のみ登場です

そんなのが苦手な人は敬遠を

presented by 勝一


第壱話 『たまゆるう者』


何故あたしは戦っているのだろうか? どうしてあたしは戦い続けているのだろうか? 弾丸の飛び交う戦場と言う名の現実の中で あたしは生き、そして殺し、そして涙した だが、それでもあたしは振り返らなかった 振り返ることが許されなかった それが子供の時 魂さえも売り渡し ママの死んだお葬式の日 あたしは誓った 世界で一番になると・・・ この世の誰よりも一番有能で この世の誰よりも一番光り輝いた ・・・そんな人間になると ―それはあたしが望んだこと ―あたし自身が確かにある答えとして切望した事 だから後悔は無い ―ただ ―どうしようもなく切なかった ―苦しかった 何故? どうして? ある時、ある場所、ある瞬間から あたしはそのことを考え始めた それは絶望していく世界の色が深くなれば深くなるほど あたしの中でしこりとなって沈滞していく どうすればいいのか? なにをすればいいのか? いくら考えてもその答えが分からなかった やがて崩壊が始まる・・・ 誇りが砕け 体が砕け 心が砕け 魂さえも砕け散った今 あたしに残されたものは驚くほど少ない ママ あたしは幸せなの? ママ あたしは特別な人間なの? ママ あたしは本当に・・・ 本当に産まれてきて良かったの? あたしのその言葉に答える人間は誰もいなかった・・・ ***** 暗い・・・漆黒の闇の中にあたしはいた・・・ どこまでも深い奈落の奥底で 鉛のように重い頭の中で体はピクリとも動かない あたしは生きているのだろうか? それとも死んでいるのだろうか? そんな思考さえ麻痺した頭の中では霞がかかったように霧散する だが、どこからか声だけは聞こえた 『・・・んでいるの?』 『わからない。・・・生きて・・・かもしれない』 ・・・ 体を揺すられる感触があった それであたしは初めて生きているのだと気がつく 目を開けようとしてあたしは失敗した 意識がはっきりとしない 力が入らない 口を開けようと思ってもそれはかなわない 『・・・・・・・っ』 誰かが何かを言った気がした だけどあたしは分からない もう耳も聞こえなくなっていた あたしは心の中で呟く あたしは一体どうしたのだろうか・・・ それからほどなくして・・・ あたしは再び気を失うのだった ***** 次に目覚めた時、あたしは木造ベッドの中だった 要領を得ないあたしの視線は部屋の中をさまよう 何も考えられない だけど、部屋の中に誰かが入ってきた事だけは分かった その子はあたしの目が開いている事に驚いたようで 慌てふためいて廊下へと駆け出していく 「お兄ちゃん!お姉ちゃんが気がついたよ!」 そう叫んで別に部屋に駆け込んでいく だが、ぼんやりとして要領を得ないその言葉をあたしは理解できなかった すぐに、部屋の外から人が歩いてくる音が聞こえた あたしは何の感動も無くそちらへと目を向ける 「気がついたのか?」 そう言う言葉を発する男は年齢が十代後半から二十代前半くらいの痩せ型で 黒髪の少し優しい感じのする青年だった そんな彼が警戒したような鋭い視線をあたしに向けてくる 「・・・僕の名前はリヴェオ・エルリエル  君は昨日河原の隅で倒れていた。覚えているか?  どうして倒れていたのか尋ねたい所だけど  まず君の名前を教えてくれないか?」 ぼんやりとした思考の中で青年が何かを言ったのが分かった 「Entschuldigung・・・Ich verstehe dich nicht.」 あたしがしゃべると彼は驚いた顔をする 「英語?いや違うな・・・ドイツ語かい?よわったな・・・」 そう言うと青年は頭をかいて困惑したようだった 「リトアニア語は分かるかい?リトアニア語」 青年は音節を一つずつ区切りながらゆっくりとあたしに話しかける それであたしは少しだけ頭がはっきりとしてきた 彼にあたしは頷いた 「・・・話せる」 喉がカラカラの状態で上手く舌が回らなかったが それでもなんとか話す事は出来た 彼はあたしの返答を聞いて安堵したように頷いた だけどすぐに表情を厳しくして油断なくあたしに目を向ける 「それじゃあ質問だけど、君の名前を教えてくれないか?」 先ほどとは違って青年の声は少し命令口調に聞こえた 舌が回らない発音がおかしなリトアニア語であたしはゆっくりと答える 「あたしの名前は・・・アスカ・・・」 「アスカ?」 「・・・そう。惣流・アスカ・ラングレー」 ***** その日から多分何日もの間 あたしはベッドの中で寝たり起きたりを繰り返していたと思う 一日の中で数少ない覚醒している時も半分以上は寝ているような そんなあやふやな日々だった でもそんな現実の中でも分かることがある まず、左目に眼帯が付けられていた そして右腕は手の甲から二の腕付近まで包帯が巻かれていること ちらりと包帯の隙間から見える中指と薬指の間には 白い切り傷のような線がうっすらとついている 怪我をしているようだとあたしはそれで理解した それでもここ数日はようやく意識がはっきりとしてきていて 寝たきりではなく体を起こして窓の外を眺める事が出来るくらいに 体調は回復してきていた だけどまだ立つ事は出来ないようだった 「お姉ちゃん、ご飯もって来たよ」 そう言って十歳にはなっていないであろう少女が カリカリのパンと具の殆ど無いかぼちゃのスープを作って持ってきた 少女は綺麗なクリーム色の金髪をショートカットにして ほっそりとした体に少し薄汚れた服を着ている 彼女の名前はリトスと言う。リヴェオの妹ということだ 「ありがとう・・・」 食事を受け取りゆっくりとした動作でスープを一口すする その間、リトスはあたしの方をチラチラと好奇の視線を向けてくる あたしはそんな視線を受ける事が少しだけ嫌だった 「何か用なの?」 多少ぶっきらぼうな物言いになったけれど 出来るだけ声のトーンは抑えた口調で尋ねる リトスは目をぱちくりさせて答えた 「お姉ちゃんはドイツから来たの?」 「・・・」 「お兄ちゃんが言ってたよ。お姉ちゃんドイツから逃げてきたんだって」 「・・・逃げてきた?」 「だって、あそこはセカンドインパクトの影響で食べるものが無くなって  悪い人達がたくさん暴れまわっているってお兄ちゃん言ってたもの」 あたしは少しだけ混乱した リトスの言っていることが分からない 「どうして、セカンドインパクトで今更そういう事になるの?」 今度はリトスが首をかしげた 「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」 心配そうにあたしを覗き見る リトスにあたしは尋ねた 「どういうこと?あれが起きたのは10年以上も前の事でしょ」 「何いってるの?セカンドインパクトが起きたのは去年だよ」 あたしはその言葉の意味を理解する事に多少の時間がかかった to be continued・・・

第弐話 『ここにある季節』


リトスがあの金髪の少女を見つけてきた場所はニャムナス川付近の河原だった はじめてその少女を見た時は死んでいるのだと思った 金色の髪は血で所々赤く染まっていて 右腕からはとめどなく血が流れ続けていた 外傷はそれだけでは無い 頭・・・左目からも血が流れていて とても生きていられるような傷では無いように思えたのだ それくらいに彼女は血塊の中にいた 死んでいるのかと思った しかし息があった 僕とリトスは驚いたが、そのまま捨て置く事は出来なかった だから彼女を背負い家へと連れて帰ることにした 彼女をベッドに寝かせる時 彼女が着ている服が見たことの無い服であることに気がついた どちらかといえばアレはスーツと言うのだろう とにかくリトスと2人でその服を脱がせて血を洗い流す その時、彼女の体の所々に黒や青・赤といった 打撲傷が浮き上がっていることに気がついた よほど酷い目にあったのだろう 彼女は最初の3日ほどは泥のように眠り続けた 素性が知れない彼女を長く家に置いておきたくは無かったが こんな所で放り出すのなら初めから助けない せめて彼女が一人で歩きまわれる位までは面倒を見るべきだ ただ彼女が明らかに訳ありの人間だということが僕を不安にさせた セカンドインパクトでリトアニアは経済的にも農耕的にも壊滅的打撃を受けている そのためこの辺りの治安はお世辞にも良いとは言えなかった 彼女が何処から逃げてきたのかは知らないが それから派生したトラブルが僕達兄妹に降りかからないとも限らなかった ***** 食糧倉庫の中でこの冬を越えられるか食料の備蓄を確認していたリヴェオは 上の階からドタドタと走る妹の足音を聞いて扉の方へと目を向けた 「どうした?」 「お姉ちゃんが歩いた!」 ついにこの日が来たのかとリヴェオは思った リトスにつれられて少女の元へと向かう 部屋に入ると金髪の少女は椅子に腰掛けながらぼんやりと外を眺めていた 「もう大丈夫なのか?」 そう尋ねると少女は小さく首を振る 「そうか・・・」 「ここはリトアニアなの?」 リヴェオは驚いた。少女が完璧なリトアニア語を話したからだ ここ数日の会話の中で覚えたのだろう 「ああ、カウナス市郊外にある田舎町さ  君はここがどこなのか分かっていないのかい?」 そう尋ねると少女は無言で頷いた 「どうしてだい?」 「あたし、日本にいたはずだもの・・・」 リヴェオは少し驚いた 「日本だって?馬鹿な、記憶が無いのかい?」 「違うわ、全部憶えてる!あたしの中では全部つながっているもの  だけど、何故こんなところにいるのか!?こんな時代にいるのか!?  それが分からないのよ!」 「き、君は何を言っているんだ?」 よほど酷い目にあって錯乱しているんじゃないかとリヴェオは思った もしそうならばとてもじゃないがこの家においておくだけの余裕は無い だけど、少女の目に宿る瞳の強さはその思いを打ち消した ひとしきり鋭い目を向けていた少女はすぐに覇気の無い表情に戻る 「ごめん・・・でも、今は一人にしてほしいの」 「わかった」 リヴェオは言われた通り部屋を出ようとした 感情の浮き沈みが激しい時は落ち着かせるのが一番だと聞いたことがあったからだ すると後ろで様子を伺っていたリトスが意を決したように部屋に入ってくる その手には貴重な紅茶が暖かい湯気を上げて淹れられていた 「お姉ちゃん・・・これ、美味しいよ」 そういって微笑むリトス その顔に少女はキョトンとした表情をして紅茶を受け取る 驚いておもわず取ってしまったという感じだった 「あ、ありがとね」 そう言う少女の瞳からは鋭さが消え、少しだけ照れくさそうな表情をうつした そんな少女らしい表情を見てリヴェオはこの少女の隠された愛嬌を見た気がした ***** 何故こんなことになったのだろう? あたしはフラフラと街を歩きながらそんなことを思っていた 荒廃し枯れ木や枯葉、打ち崩れた家々を見て そしてそこに無気力そうな顔をして座っているたくさんの 本当にたくさんの人達を見て 少なくてもここはあたしの知っている世界じゃないと実感する 崩れかけた協会に向かい、救いを求める人だかりを眺め 小さな子供から枯れ木のような老人までが一生懸命畑仕事をしている姿を眺め 街角で夢もなく、希望もなく座り続けている人達を眺めた どうして・・・あたしはここにいるのだろう・・・? うちくたびれた共同墓地には人の死体であろうものが 火葬もされずに埋められようとしていた そんな現実からかけ離れた現実 何故だろう? どうしてだろう? そう思うと自分はとてもあいまいで まるで陽炎のような存在になってしまったような気分になる 不安だった 心細かった それはあたしには『帰る場所が無い』という事実を理解していたからかもしれない 「これがセカンドインパクトの世界なの?」 リトアニアの冷たい風があたしの頬をなでる 背筋が凍りつく、日本の夏になれたあたしにはこの寒さは堪えた リヴェオの家に帰ったあたしは部屋に戻った 彼等の手伝いをする・・・とてもそんな気分にはなれなかった だけどこのまま居候と言う訳にもいかない 彼らの生活も決して楽とはいえないことはしばらく過ごしてきて分かったから リヴェオはいい奴だ リトスもいい奴だ こんな何も出来ないあたしを助けてくれたのだから しばらく悩んだ末、あたしは意を決する 簡単な身支度、と言っても部屋を綺麗にするだけだったが それを済ませると外で畑仕事をしているリヴェオとリトスの所へと足を運んだ あたしが畑に姿を見せるとリヴェオもリトスも手を止めてあたしを見る 「どうした?」 リヴェオはあたしの表情を見て何かを悟ったようだった 「もうすっかり良くなったから出ていこうと思って・・・  あんまり長い間お世話になるのも悪いし」 「そうか・・・」 「お姉ちゃん、出てくの?」 リトスが心配そうな顔であたしに近づいてくる リヴェオは仏頂面で畑仕事を始めた 「何処か行くあてはあるの?」 「ドイツに帰ろうかと思う。ママがいると思うから」 「でもドイツは遠いよ?どうやって帰るの?」 「え、えっと・・・」 あたしは少し困った お金も持ってないし、交通手段だってあるかどうか分からない 大体、ドイツに戻ったとしてもアテは全くない 「車も列車も無いんだ、歩いて帰るしかないな・・・だけどそれだと冬が来る」 リヴェオはそう言った 「今からドイツに帰るのは無理だ  カウナスで職を見つけて春になるまで耐え忍ぶしかない  でも君のような子供が職にありつくのは難しいだろうな」 「お兄ちゃん・・・」 リトスがリヴェオに不安そうな顔を向ける あたしは少し自暴自棄になっていた 何も後ろ盾になってくれるもの 守ってくれるもの そんなものが全く無いという事があたしの心を荒れさせた 例え、そんなものは子供の時に捨ててきたものだとしても・・・ 「別にそれでかまわないわ。カウナスに行けば何とかしてみせるわよ」 「お姉ちゃん・・・」 リトスは泣きそうな顔をあたしに向けてきた だって、しょうがないじゃない・・・ そう思った 「・・・お兄ちゃん」 リトスはリヴェオの方を見る リヴェオは黙々と作業をしていたがしばらくして大きくため息を吐いた 「アスカ・・・君がこの家に来て使った薬や食料はタダじゃない  今、君が着ているものも合わせて全部僕達のものだ  こんな事は言いたくないけど、その分の代価を払ってくれないか?」 「そ、そんなもの持っていないわよ」 「だったら、その分を働いて返してくれ」 リヴェオはそう言った あたしはリヴェオの方を見ると彼はバケツを指差す 「川に行って水を汲んできてくれ  病み上がりでもそれくらいは出来るだろ」 そう言うとリトスは嬉しそうな表情を見せる 「お姉ちゃん行こっ」 「えっ・・・?ちょ・・・」 そう言ってあたしの手を引くリトスと一緒に近くの川へと向かうのだった ***** その日の夜・・・結局、夕飯の支度と片付けを終えたあたしは 出て行くつもりだったいつもの部屋へと帰ってきていた ―もう、出て行くつもりだったのに 結局それが叶わないのは自分の意志の弱さか それとも人のぬくもりに触れ弱くなった心か 外の月は満月に光り輝き、冷たい風が窓ガラスをガタガタと揺らしていた 月を見ながらあたしは考えた どうして2001年の世界に来ているのだろうかと どうしてリトアニアなんかに来ているのかと あたしは一体どうなってしまったのだろうかと 最後の時を思い出す ママを感じ ママと一緒に戦った最後の戦いを 拳をぐっと握り締めた まだ、完全には直っていない右腕がジンと痛みを伝えてくる 悔しさが 切なさが 怒号の様に盛り上がってきては まるで砂の楼閣のように引いていった 「なんでなのよ!」 あたしは叫んだ 「なんであたしは生きているのよ!」 どうしよも無いくらい切なく、泣きたくなった 世界にはどうすることもできない事はあるのだと 理不尽だ、馬鹿げていると思う事があるのだと だけど、それはまぎれもなくあたしを粘着質のように包みこんでいた 悲しい やるせないくらいに悲しい だからあたしは叫んだ 「ばかあぁぁぁぁっ!!!」 力いっぱい叫んだのだった to be continued・・・

第参話 『日々、続く微笑みに』


その日、あたしはリトスに連れられて町の商店へと買い物に向かっていた 第三新東京市・・・あの街に住んでいた時には考えられないことだとあたしは思っている あの日・・・第三新東京市が無くなってあたしが殺された日 その時からあたしの生活は激変した しかし・・・今更それがどうしたと言うのだろう・・・ あたしがあそこで残してきたものはあったのだろうか? すべてを諦め、絶望し だけど諦めきれず その中で最後に掴み取った確かにあった感触 それすらも永遠に届く事は無い あたしに残されたものは何もなかったのだ 生きている・・・死んでいない・・・ だから 死にたくなかったあたしが今、生きているという事実だけで あたしにはすぎた事なのだと思うことで 最近は自分を納得させようとしていた 「あの、ごめんください」 リトスの声であたしは我に返った 見るとボロボロの商店らしき建物が目の前にあった 「着いたの?」 「うん」 だけど、売っている物の姿が見えないのはどういうことだろう? 「ごめんください」 もう一度リトスが言うと、中年のおばさんが扉を開けて顔を出す リトスの姿を見つけるとそのおばさんはニッコリと笑った そしてリトスの後ろに付いていたあたしの姿を見つけて 少し思案した後、同じくニッコリと笑った 「入っておいで」 そう言われてリトスはトテトテと店の中に入っていった あたしもそれに続く 「今日はリトスちゃんの所だったわよね  えっと・・・ジャガイモが2kgと〜・・・」 そう言って何やらリストを見ながら次々と品物を出していくおばさん 机の上にドンドンと品物が並べられていく 「これで全部ね。女の子、二人にはちょっときついかね〜  今日、お兄さんは?」 「えっと、カウナスまで買い物に行っています」 「そうかい、大変だねリトスちゃんのところも ところで、あんたが最近リヴェオの家でお世話になっている娘かい?」 「えっ・・・はい」 話を振られたあたしは答えた 「うちの旦那が言ってたよ。綺麗な子供がリヴェオの家で働いてるって  なんでも怪我したんだって?大変だったね」 針で刺されたようにちくりと心が痛んだ 「まあ、あんた若いんだしこんな時代だけど頑張りなよ」 「は、はい・・・」 励まされてあたしは困惑した なんと答えていいのか分からなかったからだ その時リトスがクイクイとあたしの服を引っ張る 見るとリトスが嬉しそうに商品の入った買い物袋を差し出した 「これ持って」 「えっ、あ、うん」 ズシリとして、結構重いな・・・そんなことを考えた リトスは品物の入ったリュックをよっこらしょと背負う フラフラと後ろへと下がったので支えてあげた 「あっ、ありがと」 「じゃあ、気をつけて帰るんだよ。変な奴らも多いしね」 「うん」 帰る間際・・・あたしは店のカウンターに備え付けられていたショットガンを見つけた 実弾が入ったままになっている よくよく見ると、店の中のいたるところに銃弾を思わせる穴があいている 不安定な世界では商店が真っ先に襲われる事を思うと この店も例外ではなかったようだ 道すがら、あたしはポツリと呟いた 「大変なのね・・・」 そう言うとリトスは不思議そうな顔をしてから 少しだけ笑ってあたしに言った 「でも、今は楽しいよ」 そう答える少女は本当に毎日が楽しくて楽しくて仕方が無いといった 満面の笑顔をあたしに向けるのだった ***** 何日か過ぎ、あたしは家の掃除をしていた 何部屋もある比較的大きなリヴェオの家 一日、二・三部屋のペースで掃除するのがあたしの仕事となっていた 日本にいた時もドイツにいた時もあまり掃除なんてしたことはなかったけれど ここ数日で大体の事は分かるようになったと思う 今日は二階の奥、その部屋を掃除する事にしていた ガチャッ・・・ その部屋は誰かの寝室だった リヴェオの部屋でもリトスの部屋でもない もちろんあたしの部屋でもない ふっと思い至った 「両親の部屋ってわけか・・・」 あたしはボソリと呟く クローゼットの中にあった大人物の衣服は少し埃をかぶっている 全体的に使われていない部屋を思わせた おそらく一年前からここを使う人間がいなくなったのだろう この部屋が使われなくなってから リヴェオとリトスの2人だけの生活が始まったのだ あたしは出来るだけこの部屋のものには触らないように部屋の掃除を始めた しばらくすると扉の向こうから誰かがやってくる音が聞こえる あたしはそちらに目を向けるとリヴェオが姿を現した 「ここを掃除してくれているのか・・・」 「うん・・・、まあね」 「汚いだろここ。もうずいぶんと使ってないから・・・  リトスもここだけは掃除しようとはしなかったしな」 「・・・・・・分からないでは無いわね」 掃除する手を止めて窓の外に目を向ける 窓の外にはリトスがなにやら土いじりをして遊んでいた 「もうすぐ、あいつ学校に通うことになるんだ」 あたしは振り返る リヴェオはリトスを見ていた 「少しずつ、普通の生活が戻ってこようとしている」 「・・・そうね。でも、お金は?」 「しばらくはタダなんだ。でも、時期にお金がいるようになるだろうな」 「じゃあ、働きに行くの?」 「近い内にそれも考えなくちゃいけないだろうな・・・  本当はなるべくリトスの近くにいてやりたいと思うんだけど」 リヴェオは罰が悪そうに頭をぽりぽりとかいた 「あいつはああ見えても色々辛い想いをしているから  出来るだけ幸せにしてやりたいと思うんだ」 そう言うリヴェオにあたしは言ってやった 「それが兄としての責任ってわけ?」 「・・・まあね」 リヴェオは考えながらそう答えた ベッドの上の布団に腕を置きながら真剣な表情であたしを見る 「あいつは兄である自分が言うのもなんだけどかわいい妹だと思う  素直だし、誰にだって優しい  そんな妹が生活が苦しいということで 負い目を感じるような事だけはしたくない」 リヴェオの目は本当に真剣だった それから彼は少し苦笑する 「まあ、リトスには言わないでくれよ  変な心配されてると思われると不機嫌になる奴だから」 「わかった」 あたしはそう答える 「じゃあ、仕事のじゃまして悪かった。続きをしてくれ」 片手を上げてゆっくりとした動作で部屋から出て行くリヴェオ あたしはその後姿を見ながら少しだけ胸が痛いと思った 人と人との強い絆を感じたから・・・ あたしは自分の短い人生を振り返る たった14年と言う年月であたしは何を得たのだろう? それを思うと心が暗くなることを止めることは出来なかった to be continued・・・

第四話 『命の選択を』


隣町が襲われたらしい その話を聞いたのはあたしがリヴェオの家で働き始めてから 2週間くらいが過ぎた時の事だ 「隣町の人間は皆殺しにされたらしい」 リヴェオは食事の時、みんなが集まっている場所でそんな話をした 「軍の指揮下から離れた奴等が暴れていると聞いている  前々から話は聞いていたけれど  ついにこの辺に現れるようになったみたいだ」 「こ、ここは大丈夫だよね?」 「カウナス市在住の正規軍が近くにいるから大丈夫だとは思うけど油断は出来ない  危なくなった時に備えて逃げる準備はしておいたほうがいいと思う」 「そんな・・・」 リトスは不安そうな顔で俯いてしまった 「アスカ、君もその辺の事を頭に入れておいてくれ」 「うん・・・分かった」 「何か護身用の武器を持たせておくよ。気休めかもしれないけどないよりましだろ」 そう言って拳銃をあたしに渡した 驚いてリヴェオを見る 「親父が残したものが余ってたんだ。大丈夫、僕も持ってるから」 そう言って自分の懐に手をやるリヴェオ これは信用されているという事なのだろうか? 「ありがと」 蚊の鳴くような声でそう言うとリヴェオは満足そうに笑った ***** それからしばらくは平和な日々が過ぎていった 日々の仕事に追われることが続き あたしの心の内でくすぶっている悩みを表に出すことも無くなった リヴェオやリトスはあいも変わらず畑仕事に精を出していた そんな毎日 ただ、少しだけ変化はあった それはリヴェオが町の自警団に組み込まれたこと 野盗の類の事件が無くならず治安が悪い国内を建て直すため 軍が少しばかりの武器を供給してくれた それをきっかけに市民が団結して自警団を組織したのだ ただ、誰も彼も生活が苦しいので昼間は自分の仕事などを優先して 夜の短い時間だけ皆で武器の扱い方を学ぶという緩やかな規律であったので 「おかげで生活には殆ど影響は無いな」と リヴェオは安堵の息を漏らしていた ある夜、あたしはリヴェオに尋ねてみた 「最近、強盗の話は聞かないんだけど何か聞いてるの?」 「さあ、僕は知らないな。その内情報でも入るだろう」 あたしはぼんやりと考えた あれからかなりの時間がたった 満腹だった獣は腹をすかせて そろそろその重い腰を上げるのではないのかと・・・ ***** 数日後、あたしはリヴェオにカウナスまでお使いを頼まれることになった カウナスまでは車で30分程度 それまでの道のりは小高い丘と森、荒れ果てた大麦畑が広がり 所々に人の住んでいない空き家が点在しているだけで人の姿は見られない そんな道を一人、自転車をこぎながらカウナスへと向かっていた 片道、2時間以上を要してようやくカウナスへと到着する そこで頼まれたものを購入し帰る頃には まだ4時を過ぎた辺りなのに日が傾き始めていた 吐く息が白い・・・凍えるような寒さだった 冬が来る それをあたしは実感する 昨日の話ではカウナスより少し北の方では初雪すら降ったらしい このあたりが雪で閉ざされるのも遠い未来ではなさそうな気がした あたしは急いで家へと帰ることにする 出来れば日が沈む前には家に帰りたかった 自転車を行きよりも速いスピードでこぐ 荒地を越えて、森を越え、雑木林がうっそうと並ぶ丘に差し掛かった その頃には太陽の光は殆ど地平線に沈みかろうじて赤い光が外を照らしている だがそんな空も次第に不気味な黒い雲に覆われようとしていた 「あれ?」 その時前方に黒い煙を上げる自動車と2・3人の人影が見えた 彼らは道端に横たわっている何かを取り囲んでいるようだった 何をしているのだろう? 直感的にあたしは自転車を降り、その人影に気が付かれないように木々に身を隠す 自然とあたしの右手は腰のホルスターから拳銃を抜いていた 彼等は軍事用の銃を持っていたのだ ゆっくりと身を伏せながら近づくと彼等が何をしているのかが分かった ―彼らはあさっているのだ ―真っ赤な血を流して絶命している誰かの死体を その光景を見ながらあたしは 足が震えるくらいの恐怖が湧き上がってくるのに気がつく 初めて見た・・・人が死んでいる姿を・・・ その心の動揺に一番驚いたのは誰でもなくあたし自身だった あたしは息を殺して彼等の様子を窺った 彼等は物色をやめたようでなにやら会話を始めていた 「ちっ、しけてやがるな。殆ど何も持ってないぞ」 「まあ、命からがら逃げてきた奴だ。何も持っていないさ」 「俺も町を襲いたかったぜ。そしたらご馳走にありつけるのによ」 「しょうがねーだろ、当番なんだから」 「まあ、遅くても俺らの取り分は残っているだろうさ」 「それに逃げてくる奴の物は俺達が総取りだしな」 「若い女だったらたまんねーな」 銃をバンッと撃つしぐさをして下衆な笑い声が響く そんな彼等には罪の意識と言うものはまるで無いようだった あたしはその姿を木の陰に隠れながら小さく丸くなる あたしも似たようなものだと感じた なんとなく胸を締め付ける想いが込み上げてきた だからと言って昔、戦い誰かを殺した事を後悔していない自分がいた 『仕方がない』と言う言葉と共に 戦う事はきっと誰かの死と・・・ 自分の死を隣り合わせに見ることだから あたしは死ぬ事が怖い 殺される事はもっと怖い 要らない人間として死ぬ事は一番嫌だ ならどうしたらいい? 戦う事 血を流す事 人を倒して、生き残る事 生と死と 命の選択 ―それをあたしは初めから・・・ ―初めから選んでいたのだ ―あたしは『生き残る事』を選んでいたのだ あたしは銃の安全装置をゆっくりとはずした 胸の中でそれを握り締める 草の陰から彼等までは約10m 3人の内、一人は両手で銃を持っていた 残り2人は片手で銃を持っていた 最初の目標は決まった 後はネルフで教わった事をするだけだった 子供の頃からの反復をするだけだった 初めて『意識』して人を『殺す』 あたしは草むらから飛び出した すばやい動作でまず両手で銃を持っている男に銃弾を撃ちまくる 撃ちながら走った 全力で『敵』に向かって走った 血を撒き散らしながら倒れる男 あたしにはその姿がスローモーションのようにゆっくりと見えた すぐに残った弾全弾を別の男に乱れ撃つ 男達が何かを叫びながら銃を撃ち始めた だけどほんの一瞬秒、彼等には時間が足りなかった あたしの撃った弾が男の喉下を撃ち抜く 「ひっ」 その様子に最後の男は一瞬ひるみ、あたしへの注意をそらした それを見逃すはずは無く一気に近づいて男の頭部を撃ち抜く 血を爆発させるように撒き散らしながら 最後の男は地面へと崩れ落ちた ***** 「はぁはぁはぁ・・・」 彼らの武器や弾薬が飛び散り 血溜りになった道からゆっくりと森の中に身を隠した うっそうと生える木々を縫うように茂みの中へと入って 適当な空間を見つけたあたしはついに地面へと座り込んだ 酷く気持ち悪かった 殆ど見えなくなった左目が疼いて頭がガンガンした 紅の血が生々しく飛び散るさまが思い浮かぶ それを自分の手でしたのだ 銃を撃った手が今頃になって震え始める 体を抱いてうずくまった こうすると幾分か気がまぎれるような気がしたから・・・ 『俺も町を襲いたかったぜ』 『しょうがねーだろ。当番なんだから』 あたしは体を震わせながらあたしはあいつ等の言葉を思い出す この先にある町といったらリヴェオのいる町しかなかった 奴らは・・・ついにやって来たのだ 助けに行かなくちゃ・・・ だけど・・・どうして? 辛い思いをするかもしれない・・・ もう遅いかもしれない 下手をすればあたしが殺されるかもしれない 意地が挫けそうになる だからあたしはあたしに語りかけた だったら・・・ だったら何故、彼らを殺したの? 「助けに行きたいと思ったから・・・」 素直に答えるあたし 「だって、あいつ等には親切にしてもらったから・・・」 命の恩人だから あたしは立ち上がった まだ立てる勇気が残っていた 『生きたい』 それは誰もが思う言葉なのだと思う・・・ to be continued・・・

第伍話 『たとえ、還らないとしても』


リトスと2人で畑仕事をしていた時、それが起こった 爆発と銃撃の音 家から数百メートル離れた場所からもうもうとした煙が上がる リトスと僕は突然のそれに驚愕し 驚きでしばらく動く事を忘れた 1秒か2秒ほどの静寂の後 僕は我に帰った 「リトス!早く集会場へ向かうんだっ!」 幼い妹の小さな手をとり、畑道具を放り出して 緊急時に集合することになっている集会場へと走った 家の裏口から飛び出した時 ちらりと町の入り口の方から十数人の軍服を着た人間がいるのが見えた 僕はリトスをつれて全力で走る 「お兄ちゃん、痛い!」 「早く逃げるんだ!あいつ等に見つかったら酷い目に合うぞ!」 角を曲がり、階段を駆け上がり、丘の上を目指す 程なくして、熱い石垣に囲まれた町の集会場が見えてきた 町中の人がこの集会場に向かっている 僕達は人でごった返す集会場へと駆け込んだ 「リヴェオじゃないか!」 隣に住んでいるおじさんが僕達兄妹を見つけて声をかけてきた 「みんな無事か!最近見かける女の子はどうした!?」 「カウナスに買い物に行っているんです」 「本当か?」 「お姉ちゃん・・・何も知らずに町へ帰ってきたら殺されちゃう・・・ すぐに知らせないと・・・」 泣きべそをかき始めるリトス 「今、町の人間がカウナス市の正規軍に応援を呼びに行った  残念だが・・・そいつ等に見つけてもらうしかないな」 おじさんは暗い顔をしてそう答えた 僕は自警団の人に自動小銃を貰う そしておんぼろのガンアーマとヘルメットを着込んだ 「リトスは集会場の中へ隠れていろ!」 「お、お兄ちゃんっ!」 そう言って僕は自分の持ち場へと向かった 戦いは石垣を弾除けにして篭城戦をすることになった カウナス市の正規軍が来るまでの辛抱だ 僕はそう自分に言い聞かせたが・・・ しかし、丘の下にいる強盗団の中に 銀色に光り輝く戦車のような物を見つけて絶望的な気分になった 「おい、アレ・・・イーヴァじゃないのか・・・」 隣りで銃を構えていた男がそう呟く ≪多脚型汎用制圧装甲車・イーヴァ≫ その名前は僕だって知っていった 国連軍がスイスの企業に作らせた六脚単座式の戦車で そのコンパクトで軽量なフレームと 適度な装甲、短・中距離主体の火力により おもに市街地戦では無敵を誇るといわれている兵器だ 「なんで、あいつ等イーヴァなんて持ってるんだよ・・・」 「おおよそ・・・軍の抜ける時に盗んできたんじゃないのか・・・」 「最悪だ・・・」 そう誰かが呟いた時、いきなり向こうの石垣が爆発を起こして吹き飛んだ 閃光と熱風が僕にまで届き、思わず目を閉じる それはイーヴァから発射された一発のグレネード弾だった 「くそっ!」 土ぼこりと瓦礫が舞い上がる中で 敵がこちらの混乱に乗じて突っ込んでくるのが見えた 僕達はそんな彼らに向かって自動小銃を撃ち始める そして撃ちながら思った ―はたして僕は・・・妹は・・・生き残れるのだろうかと ***** 敵から奪ったいくつかの武器と防具を装備して あたしが町へと着いた時にはすっかり空は暗くなり 分厚い雲が空を覆い尽くしていた 北風が冷たくあたしの金色の髪を揺らす そんな中・・・リヴェオの町は黒い煙を上げながら静かに燃えていた・・・ 「リヴェオ・・・リトス・・・」 町の入り口にたどり着く そこから見える風景は映画の中のワンシーンのような光景だった 道のいたるところに転がっている死体 それを多い尽くすようにばら撒かれている瓦礫 そしてどの家もドアが壊され 家の中は略奪にあったらしく、家具や荷物が荒らされていた だが・・・動くものは見えない あたしは注意深くゆっくりと集会場を目指した 緊急時はあそこに集まる事になっていたから 遠く丘の上に集会場が見える だが、そこからは集会場の様子はよく分からなかった 丘を登る途中、バラバラに壊れている銀色の戦車の姿を見た あたしはその姿を見たことがある ずっと昔に開発されたイーヴァという機体だ 多数の銃弾を受けてガラクタのようになっていた 「こんな物まで・・・」 強盗団は本気でこの町を全滅させようとしているのかもしれない いや・・・もう全滅したのかもしれない 自然に集会場へと向かう足は速くなった ***** 集会場が最後の決戦の舞台になったようだ 無数の銃弾と薬きょうが散らばり 石垣は殆ど消し飛び、広場には今までとは比べられないほどの おびただしい数の肉片が転がっていた あたしはそれを呆然と眺める 死体を見ることにはこの時すでに慣れてしまっていた 多分感覚が麻痺しているのだろう ゆっくりと建物の周りを一周しながら 集会場の扉が爆破されているのを眺めた 出来れば中は見たくないと思った だけど見ないわけにはいかなかった・・・ 一通り見てまわるとリヴェオとリトスの姿が無い事に気がついた あたしの中で一縷の希望が湧き上がる 「まさか、あいつ等生きてるの!?」 あいつらの行く先はどこだろう? カウナスだろうか? それなら途中で出会うはずだ そこであたしは気がついた だったら、あいつ等の行き先は自分達の家しかないじゃないか あたしは走った 全力で走った 丘を駆け下り、風を切り、階段を飛び越え この短い時間、今まで世話になったあいつ等の家へと向かった 「リヴェオ!」 大声を上げながら扉が開け放たれているリヴェオの家に飛び込むあたし 部屋はやはり略奪にあったらしく、荒らされていたが そんな些細な事は気にしていられなかった 「リトス!いるの!?」 部屋を一つ一つ回り彼等がいないかどうか探す でもいない・・・ どの部屋も誰かがいた形跡は発見できなかった ここにはいないのだろうか? 行き違いになったのだろうか? それともあたしが見落としたのだろうか? そう不安に思い始めた時 玄関の方から声が聞こえた 「お姉ちゃん・・・」 あたしは玄関へと飛び出す そこにはボロボロの格好をしたリトスが目を真っ赤に充血させながら 一人・・・泣きじゃくりながら佇んでいた 黒くすすけたリトスの服 斑点のような大きなシミは大量の血液だったが 彼女自身は無傷のように思えた リトスはあたしの姿を確認すると抱きつき そして肩を震わせて大声で泣いた 「わぁぁぁっ・・・っっっ!!!お兄ちゃんがあぁぁぁっっ・・・!!!」 あたしはそれを意味する事を直感的に感じ胸が痛くなる だから黙ってリトスを頭を抱きしめてあげた しばらく泣き続けたリトスがだんだんと落ち着いた時 あたしは「リヴェオは?」と囁くように訊いた リトスは俯いたままあたしを家の横に広がる畑へと連れて行く そして・・・ 畑の中心でリヴェオは眠るように息絶えているのが見えた リヴェオの表情は死んでいるとは思えないくらい綺麗だった しかしお腹の部分を赤黒いシミが覆っている 亡骸の近くにはスコップと大きな穴が掘りかけになっていた 「お墓作ろうと思って・・・」 リトスは俯きながら答えた 「お兄ちゃんのお墓・・・お家に近い方がいいと思って・・・」 「馬鹿。・・・集会場から運んできたの?見つかったらどうするの・・・」 「・・・ごめんなさい・・・っっ・・・」 そう言って再びリトスはめそめそと泣き始めた あたしはリトスの小さな手を見る 土と血に汚れてボロボロになっていた 「怪我してるじゃない・・・」 「でも・・・でも・・・お墓作らないとっ・・・」 リトスの涙が地面にこぼれた あたしはリトスに優しく語り掛ける? 「一緒にお墓掘ろうか?」 リトスは首をふるふると振った 「いい・・・私・・・一人で掘りたい」 「わかった」 そう言うとリトスはぐずりながらも土を掘り始める あたしはその間、近くで彼女を見ていた そして・・・死んでしまったリヴェオを見た その安らかな寝顔を見て今にも起きてきそうに感じる だけど・・・それは決してない 馬鹿・・・妹を置いて勝手に死ぬんじゃないわよ・・・ そう思うと涙が溢れてきそうになった あたしは泣くまいと空を見上げる 暗い空はそのあたりで燃えている炎に照らされ 薄い赤色でほのかに色付いて見えた to be continued・・・

第六話 『すべてが死んだ日』


しばらくの時間が経った・・・ リトアニアの夜風は冷たく・・・凍えるような寒さ 白い息を吐きながらリトスの手が止まる 見ると小さなお墓が出来ていた そしてどこから摘んできたのか小さな白い花が添えられていた リトスはしばらくそこへ佇む 俯きお墓を見下ろしているリトスの表情は あたしのいる位置からは見ることは出来なかった ―強い子だ・・・ あたしは彼女を・・・彼女の後姿を見てそう思った たった一人の肉親が死んだ それなのに・・・彼女は 金色の髪がなびく 血と硝煙の香りがどこからともなく流れてきては消えていった あたしはリトスに話しかける 「リトス・・・もう家に戻ろう?」 「・・・・・・うん」 リトスは俯きながらこちらへと振り返った 「あっ・・・」 その時リトスが何かに気が付いたようにあたしの方を見た いや・・・正確にはあたしの後ろの『空間』を見ていた 「えっ・・・?」 あたしは後ろを振り返る ―瞬間 ―大地が閃光に包まれた 何が起こったのかわからなかった 見えない圧力があたしの体を地面から跳ね上げる 気が付いた時にはあたしは 体のいろいろな所を熱で焼かれながら土の地面に倒れこんでいた 「っ・・・!」 肺から息が出てこなかった。息もすえなかった 訳が分からなかった 力を入れようとした手がガクガクと震えて視界が白黒と点滅する それでもどうにか立ち上がる そこで気が付く。家の前にいる物体に・・・ 銀色の機械がこちらに銃身を向けていた リーヴァ・・・ あたしはその姿に愕然とした ―まだ、残っていたの? そしてもう一つの事を思い出した ―リトスはっ!? あたしは後ろを振り返る。そして血の気が引いた リヴェオの墓から少し離れた地面が根こそぎなくなっていた・・・ そして・・・あたしから10mほど離れた場所で 血まみれの小さな少女が倒れていた 「・・・リトス?」 あたしはゆっくりとその血まみれの少女の元へ向かう たった10mちょっとの距離がやけに長く感じた・・・ リトスを抱き上げるとまだ息があった だけど・・・ その傷はどう考えたって助からない・・・ 「リトス?」 そう呼びかけるとリトスはうっすらと目を開ける 弱々しい光が、まだその目には・・・その目には宿っていた リトスは赤に染まった手をゆっくりと上げ あたしの頬に軽く触れた 「お、お・・・にい・・・ちゃん・・・」 そこまで言って・・・ リトスの手は力なく地面へと落ちる 瞳からは急速に光が失われていき 口からは血の塊がゴボリと落ちた その血が地面に落ちて赤いシミを作る時・・・ 小さな異国の少女はあたしの目の前で静かに息を引き取った 「リトス・・・?」 ゆさゆさと体を揺らしてみた だがリトスの体はまるで人形のように力なく 生きている・・・その力が急速に消失していた 少しの激情 湧き上がる ・・・ちくしょう そう思った ちくしょう! そう思った ちくしょおぉっっっ!!!! あたしは天を仰いだ すぐさまホルスターから拳銃を抜き放つ そして家の前からゆっくりとこちらに向かって来ていたイーヴァに向かって 必殺の銃弾を神速の速さで乱射した! 「殺してやるっ!」 叫びざま、すぐさまイーヴァの射角から逃れるように反転 頼りない音と共にイーヴァの装甲に弾かれる銃弾 それと共にあたしの少し離れた場所に炸裂するグレネード弾 爆発を背中に受けながらあたしは地面に転がりその衝撃をやり過ごす 畑の脇に生えていた木の陰に隠れ 隠れざまに拳銃をイーヴァに向かって数発放った 2発ほど弾かれる音が響く その瞬間、イーヴァから怒涛のごとくガトリング砲の一斉射 あたしの隠れていた木を吹き飛ばす 無数の銃弾の内、殆どは木に阻まれたが 一発の跳弾が腹部にぶち当たりあたしは吹き飛んだ 地面に倒れたあたしはすぐさま家の影へと逃げ込む 「はぁはぁはぁ・・・くっ・・・」 腹部から少量の血が流れ出てきていた 着込んだガンアーマと銃弾の接触角度が幸運を呼んだのか 銃弾がガンアーマを貫通する事は無かった だが、弾いた時に変形したガンアーマが腹部に刺さって血が流れていた イーヴァはその鋭い機動力を活かしてこちらへと向かってくる 今度は相手も本気で仕留めてくるつもりのようだった 円を描くようにあたしを射角に捕らえようとするイーヴァ あたしは急いで家の中に飛び込む すぐにガトリングの弾丸が通り過ぎて建物を破壊し始める音が響いた 家に転がり込みながらあたしは ジャケットの中に装備していた円筒形の筒のピンを抜く 「うおぉぉりゃああぁぁぁっ!!!!」 そしてそれを力の限り窓の外に向かって投げつけた 途端にすさまじい爆音と閃光 太陽のように輝く 音響閃光弾の光と音 それを家の中で身を伏せ 耳を塞ぎ、目を瞑る事であたしは回避した 1・・・2・・・3・・・ 数を数えてあたしは窓から飛び出す リーヴァは狂ったようにガトリング砲を乱射していた ボロボロに破壊されていくリヴェオの家 木片が飛び散りガラスが砕け散った その銃身の位置に注意しつつあたしはリーヴァの死角へ走り その銀色に輝く機体へと飛びつく ガンッと言う音と共にコックピットのハッチ部分に取り付いたあたしは 爆破スイッチを入れたプラスチック爆弾を取り出しリーヴァの間接部分 その隙間に爆弾をねじ込んだ そこまでしてリーヴァが暴れだす 「あっ!」 不意の動きに反応できなかった あたしは勢いよく投げ出され地面に頭から落ちた 鉄の味が口いっぱいに広がり、視界に星が飛ぶ それでも起き上がろうとするあたしに金属の大きな足が振り下ろされた それは一瞬の出来事 肉を裂き 骨を割る音が響いた 「あ゛ぁぁぁっっっ!!!!」 右腕をつぶされ、この世のものとは思えない激痛 痛みすら伴わない痛みがあたしの心に響いた 息も絶え絶え 疲労と出血とショックで目の前が暗くなっていく まだだ・・・ 死にたくない 殺されたくない あたしはまだ何もしていない まだ生きてきて何もしていない イーヴァのマニピュレーターが伸びあたしの服を掴む そのまま宙吊りにされるとあたしの腕からボトボトと血が流れ落ちてきた 金色の髪が紅に染まる 『ちっ・・・子供じゃねーか』 そう言うとあたしは地面に叩きつけられた 「あがっ・・・」 叩きつけられて二度ほど跳ねた ごぼりっと口から血が噴出す あばらの何本かが折れたような感触がした さらに振り上げられた金属の足を見上げる 死にたくない しかしその足は振り下ろされた ドゴッ ・・・ 大地に響く音 しかしその足はあたしには当たらなかった あたしは間一髪で身を翻してよける だがすぐにガトリング砲の銃身をこちらへ向けるイーヴァ そこから繰り出される先ほどの殺戮的破壊を思い出し 次はよけられる自信はまるでなかった 目を塞ぐような閃光 耳をつぐむような爆音が響いたのはまさにそんな状態の時だった イーヴァのコックピット付近の装甲から大爆発を起こし イーヴァの巨体はその衝撃で地面に転がる ここが好機だと思った あたしは最後の力を振り絞った 動けと命じた足は動いた 掴めと命じた左手は銃を掴んだ 大地を駆ける イーヴァは動かなかった 三角跳びでイーヴァを駆け上がり 吹き飛んだ装甲を目の当たりにし、銃を構えた 「最後・・・」 コックピットが丸見えだった 血を流しながら鋭い視線を向けてくる男 あたしは無感情だった 無感動だった 無感傷だった 「お前ら、皆殺しだ」 死んだ精神と心・・・ 今、あたしのすべてのそこにある死 ・・・たくさんの死 引き金を引くことをためらう事は無かった to be continued・・・

最終話 『世界と人と心の形』


・・・ 全てのことが片付いた時 あたしは眩暈がしてイーヴァの装甲から転げ落ちる 硬い金属にぶつかりながら地面に激突し 頭からはとめどなく血が流れた 指一本動かすことは出来なかった 視界が暗く・・・狭くなってきた ・・・ 冷たい風の吹く夜だった 悲しいことが起きた夜だった たくさんの命を失った夜だった 全部・・・終わった夜だった 「ごめんね・・・」 真っ暗の何もかもを吸い込んでしまうような夜の空 目の先に白い雪が落ちてくる ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・落ちてくる あたしの頬に落ちた雪は徐々に溶け冷たい感触が頬をなでた 白い雪はその量を増し次々と降り続けた リトスの亡骸 リヴェオの墓 リーヴァの残骸 リヴェオの半壊した家 そして、滅んだ町 そのすべてを包み込むように白い雪は舞い降りた・・・ あたしはぼんやりと空を眺める 涙が溢れてきた とめどなく溢れてきた 指一本動かせず 誰にも見取られることなく あたしは死んでいこうとしている 悔しかった 悲しかった 心が痛かった 誰に恨まれようとも 誰に蔑まされようとも あたしは生き続けたかった 例え・・・あたしの生に何の意味が無かったとしても・・・ 「いやだ・・・」 あたしは呟いた 心の底から 「いやだよぉ・・・」 ・・・ そう呟くのを最後にあたしの意識は・・・ 深い漆黒の闇にのまれていく・・・ 『何を願うの?』 その声が頭に響いたのはまさにそんな瞬間だった ***** 小さな家族がいた 小さな少女とその兄の2人きりの兄妹だった 彼等は荒れた世界でも希望を失わず 幸せに生きようとしていた だけど、残酷な世界はそれを許してはくれなかった 兄は銃弾に倒れ 妹は爆発でこの世を去った 彼等が何を望んでいたとしても それはもうかなう事はない過去の時代の物語だった 2001年リトアニアのある町を襲った悲劇 それはこの時代の住人ではなかったあたしが経験したすべて 血と硝煙にまみれたあたし 手を紅に染めたあたし あたしは彼等のために何が出来たのだろう? ただ笑って生きていこうとする少女に何が出来たのだろう? ただ自分の残された家族を守ろうとしていた青年に何が出来たのだろう? 切なさと悲しさと 後悔と絶望と あたしが得る事の出来たすべてにおいて・・・ カミノミユキノ 世界とは残酷だった 人とは無力だった 心とは脆弱だった だけど・・・ だけどあたしは『それ』を力いっぱい否定する 「違う!」 「違うわっ!」 きっと出来る事はあると思った あたし達が生きていればいつか何か出来ることがあると思った 世界はまだ終わっていないのだから 人は無限に生き続ける 例え・・・ 肉体が滅び 心が滅び 魂までもが滅んだとしても 人が生きた証は残る 世界の形 人の形 心の形 あたしやその他すべての『カタチ』にはまだ未来があるのだから・・・ その中にはまだ希望が残されているかもしれないのだからっ! 『そう・・・僕達は受動的なんだ。生きることに対してね』 『だから想い出として永遠に残り続けるんだよ』 声が聞こえた あたしは驚いて振り返る そこには黒髪と青年と金髪の少女がたたずんでいた 「リヴェオ・・・リトス・・・」 彼等はあたしに微笑みかけた 「あんた達・・・」 あたしは涙を流した それは知らず知らずに流れた雫 すべての生命を育むために流れた一雫 『お姉ちゃんと過ごした日々、私忘れないから』 太陽のような笑顔であたしに微笑む儚き少女 『僕達はそちらへはいけないけれどいつも見守っているよ』 照れたように笑う優しい青年 ―だから ―自分の世界へ ―君のいた世界へ ―そこへの扉はすでに開かれているのだから 『何を望むの』 世界を 『何を望むの』 人を 『何を望むの』 心を 「例え、ATフィールドが互いの心を傷つけるとしても」 あたしは顔を上げた 「もう一度、やり直したいと思った」 「もう一度、生きてみたいと思った」 「その気持ちは多分、本当だと思うから」 リヴェオとリトスは微笑む。とても嬉しそうな笑顔だった もう二度と会うことは無い彼等にあたしは最後に最高の笑顔で微笑んだ たくさんの光が湧き上がる 白い光の粒はあたしを優しく包んでいき 彼等とあたしの間にたくさんの閃光が輝いた ***** 気が付くと・・・空には満天の星空が広がっていた ザァッ・・・ザァッ・・・ザァッ・・・ どこまでも綺麗な夜の星空を見上げ 月を感じ 波の音に耳を傾けた ザァッ・・・ザァッ・・・ザァッ・・・ 白い砂を踏みしめる音 誰かがこちらへと歩いてくる シンジだった・・・ 表情と呼べる物も無く ただ黙ってあたしの傍らに座ったあいつは ゆっくりとあたしの首を絞め始める 抵抗は・・・しなかった ただ、あいつの頬に手を添える シンジの頬はほんのりと温かかった しばらくそうしていると 首にかかる圧力が少しだけ緩んだ 「う゛ぅぅぅっっっ・・・・」 顔にかかる水滴 シンジは手を離し泣き崩れる あたしはそんなシンジの様子を眺めていた あいつの泣く姿を眺め、やがて視線を空に移した 何も無い地上の中で・・・ 空だけはいつもと変わらない光をたたえていた 「・・・・・・馬鹿なんだから」 END 拍手する




inserted by FC2 system