新世紀エヴァンゲリオンシンジ、18歳の誕生日


プロローグ


まえがき この作品は、以前Hunt Evaというサイトに投稿したのですが、そのサイトが閉鎖したため 自サイトに掲載することにしました。その後The Epistlesというサイトに投稿しようと考 えていたところ、突然閉鎖してしまいました。そこでどうしようかと思案した結果、この サイトに投稿することになったしだいです。 カップリングは、最後はLASになります。ですから、LRS好きの方はご注意ください。 シンジ、18歳の誕生日(前編) (注)この話はLRSではありません。また、蒼い瞳のフィアンセとは一切関わりがあり ません。  サードインパクトから何年も経ったが、アタシの戦いは終わっていない。そう、以前は 頼もしい戦友であった綾波レイとの戦いがだ。だが、アタシはレイとの戦いに決着を付け るべく、覚悟を決めた。そう、今日は2019年6月3日の月曜日。決着を付ける運命の 日まであと3日しかないのだ。 *** 「おはよう、アスカ。」 「おはよう、シンジ。朝御飯はなあに。」 「トーストとサラダにしたよ。」 「ありがとう、シンジ。」 アタシはシンジに礼を言うと、テーブルに腰掛けた。すると、ミサトが寝ぼけ眼で起きて きた。 「おはようございます、ミサトさん。」 「ミサト、おはよう。」 アタシとシンジはほぼ同時におはようを言った。 「おはよう、シンちゃん、アスカ。加持はまだ起きてこないの?」 「加持さんなら、急ぎの用があるとかで、朝早く出かけましたよ。」 シンジが答えると、ミサトは黙って席に着いた。そこにさっとシンジがコーヒーを出すと、 ミサトは『ありがとう、シンちゃん』と言って美味しそうに飲んだ。 そう、今のアタシは、加持夫妻及びシンジと同居しているのだ。サードインパクトの後、 自分の本当の気持ちに気付いたアタシは、それまで通りミサト達と暮らしたいと希望した。 シンジと離れて暮らしたくなかったからだ。 その生活は加持さんがひょっこりと生きて戻ってきて、ミサトと結婚してからも続いた。 さすがに家が狭くなったので、隣の家の壁をぶち抜いて2軒分の家を一つにしたので、広 さについては十分になった。 だが、この生活を維持するのは大変だったのだ。色々な所から邪魔が入ったからだ。最初 は碇司令だ。リツコと結婚してシンジと一緒に暮らしたいと言ってきたのだ。しかも、レ イも同居すると言うのだ。 最初はシンジも乗り気だったようだったが、アタシが策を巡らしたので断念した。アタシ は、素直になれず、シンジと一緒に住みたいとは最後まで言えなかった。だから泣き落と し作戦に出た。 シンジに『シンジもアタシを見捨てて行くのね。』と言って、涙をポロポロと流したのだ。 あの時のシンジの慌てよう。アタシは天涯孤独の身で淋しいとか、シンジの料理は美味し いとか、色々と口実を並べ立てて、シンジに見捨てられたくないと言って、引き止めにか かったのだ。結果的にこれが大当たりで、シンジは碇司令との同居を断った。 その半年後にミサトは加持さんと結婚したのだが、その時も危うかった。シンジがミサト に遠慮して、家を出ようと言い出したのだ。だが、いくら何でもアタシとシンジの二人で 暮らすことは出来ない。シンジは碇司令やリツコと一緒に住むことを考えていたのだ。 だが、アタシはミサトと一緒に住みたいと言い張った。あのレイと同居なんてとんでもな い。既にこの頃には、レイもシンジに色々とちょっかいをかけてきていたから、レイと同 居なんて事態になったら、うかうかしていられなくなるからだ。 この時も何とかシンジを説得して、アタシとの同居を続けさせることに成功した。シンジ も結構粘ったが、アタシが頑として譲らなかったから根負けしたみたいだ。 と言う訳で、アタシとシンジの同居は未だに続いている。 「アスカ、もう行かないと。」 ちょっと考え事をしていたアタシは、シンジの言葉に我に返った。 「あっ、ごめんね。」 アタシは急いで支度をすると、シンジと一緒に学校へと走って行った。 ***  学校では、少し目を離した隙にシンジはレイと二人きりになっていた。アタシは少し離 れた所で二人を見ていたが、思わず声を出しそうになった。レイはシンジに懸賞に応募す るから名前を貸してと頼んでいた。人の良いシンジは快諾し、怪しげな紙に名前を書いて いたのだ。 アタシはそれを見てレイも同じ手段を使おうとしていることが分かった。その紙はアタシ の感が正しければ婚姻届だ。おそらくレイはシンジの誕生日の朝早くに役所にそれを届け るつもりなのだ。何て卑怯な。アタシは頭に血が昇った。 アタシは急いでその場を離れると、加持さんに電話した。もう、手段を選んでいる暇は無 い。アタシは婚姻届に必要な書類を2セット揃えるように加持さんに頼んだ。 ***  その日の夜、アタシは加持さんから書類を受け取った。そして、シンジをうまく騙して 婚姻届にシンジの名前を書かせた。その後、念のため加持さんに書類が正しいかどうか、 チェックしてもらうことにした。 加持さんは一通り書類を見たが、念のため役所に勤めている友人に確認してもらうと言っ て、1セットの書類を預かった。これなら万全だろう。仮にレイよりも早く役所に着いて も、書類が受理されなくてはしょうがない。うかうかしている間に、レイに出し抜かれる 恐れがあるからだ。 アタシは部屋に戻ると、3日後の本番のことをシミュレーションした。いかにしてレイを 出し抜くか、どうやってレイの邪魔をするか、かなり頭を悩ませたのである。 実は、シンジとの仲は中々前進していない。それはレイのせいだ。レイもサードインパク トの後、自分の気持ちに気付いたのだろう。何かにつけてシンジに絡んで来るのだ。そし て、ことあるごとにアタシと衝突していた。 レイは何かというとシンジにくっついて、胸を押しつけたりして、シンジの気を引いてい る。そんな真似はアタシには出来ないし、胸もレイの方が大きいから太刀打ち出来ない。 だから、学校ではレイに押されっぱなしだった。 その代わり、アタシはシンジと同居していることを最大の武器にしている。火曜日と金曜 日を買い物デーにして、必ずシンジと一緒に帰ってスーパーで買い物をするようにしたの だ。だから、その日はレイの機嫌がすこぶる悪い。 また、月に2回は荷物持ちデーにして、シンジを買い物を付き合わせている。シンジはぼ やきながらも付いて来てくれる。アタシはその時に何気なくシンジの服を選んであげたり、 アタシの服選びを手伝ってもらったりと、シンジの気を引くようにしている。そして重要 なことだが、必ずニコニコするように心がけ、隙を見てはシンジの手を引っ張って何気な く手をつないだりするようにしている。 家の中でも、なるべくシンジと一緒に過ごすようにしている。料理も手伝うし、掃除や洗 濯も一緒にこなす。また、なるべく格好良い所を見せようと、勉強を教えたりもしている。 アタシがこんなに努力しているのに、シンジはお子ちゃまだから、アタシの気持ちに全然 気付かないようだ。もっともレイの気持ちにも気付いていないから、善し悪しと言う所か。 だが、いつかは決着を付ける時が来る。それが3日後なのだ。 「アタシは負けない。負けてらんないのよっ!」 そう言って、自分に気合を入れた。 ***  6月6日のシンジの誕生日、アタシは朝の4時に起きた。そして朝食を済ませ、身支度 を終えると、急いで家を出た。空はまだ暗かった。 アタシは前日に予約していたタクシーに乗ると、一路、第3東京市役所へと向かった。 役所へは、20分ほどで着いた。無論、誰もいない…はずだったのだが、やっぱりと言う か、レイが入口近くで立っていた。 「おはよう、レイ。一体何の用かしら。」 「おはよう、アスカ。ちょっと知り合いに頼まれたことがあって。」 そう言いながら、レイはにこやかに近付いてきた。だが、アタシまで後数歩という所で、 いきなり蹴りを繰り出してきた。無論、アタシはとっさに避けたが。 「ちっ。」 レイは舌打ちした。どうやらレイが狙っていたのは、アタシの持っている封筒らしい。こ の中に婚姻届と必要な書類一式が入っているのだ。 「はん、相変わらずシンジの事になると、見境い無しね。」 「あら。アスカもそうでしょ。」 レイはそう言うとニヤリと笑った。ふん、お見通しって言う訳ね。 「アタシは絶対にアンタなんかには負けないわ。」 アタシはレイを思いっきり睨んだ。だが、レイは再びニヤリと笑った。 「あなたには、良いものを用意したわ。」 レイが『パチン』と指を鳴らすと、ぱらぱらと黒服の男達が十数人も現れた。 「アスカには、この人達と暫く遊んでもらうわ。」 レイはそう言うなり背を向けて歩き始めた。うっ、絶体絶命のピンチ。アタシは怒りに燃 えた。 ***  役所が開くまで、アタシは逃げ回っていた。そして、役所が開くと同時にアタシは入口 へと走り出した。気付いたレイがアタシに蹴りを繰り出すが、アタシは間一髪避けた。目 指すは戸籍課だ。 レイも必死になって追いすがって来た。そして抜きつ抜かれつしながら、二人して鬼のよ うな顔をして懸命に走った。 だが、正義は必ず勝つ。タッチの差で、アタシは窓口の女の人に書類を手渡すことが出来 た。呆然とするレイ。そう、アタシはレイとの戦いに終止符を打ったのだ。だが、アタシ はその時、レイがニヤリと笑ったことに気付かなかった。 シンジ、18歳の誕生日(中編) サードインパクトから何年も経ったが、アタシの戦いは終わっていない。そう、以前は 頼もしい戦友であった綾波レイとの戦いがだ。だが、アタシはレイとの戦いに決着を付け るべく、覚悟を決めた。そう、今日は2019年6月6日の木曜日。今日こそ決着を付け る運命の日なのだ。 ***  タッチの差で、アタシは窓口の女の人に婚姻届などの書類を手渡すことが出来た。呆然 とするレイ。そう、アタシはレイとの戦いに終止符を打ったのだ。だが…。 「あのお、この書類はお受け出来ないのですが。」 が〜ん。アタシは目の前が真っ暗になった。そして窓口に駆け寄って、理由を尋ねたが、 『書類に不備があるからです。』の一点張りで、理由は教えてくれなかった。 「アスカ、残念ね。理由は私が教えてあげるわ。」 そういいつつ、レイはアタシに背を向けて歩き出した。アタシは少し迷ったが、レイの後 に付いて行った。 レイは役所の中のドトールに入って行った。安いコーヒーを出してくれるチェーン店だ。 レイが先に注文し、アイスコーヒーを受け取ると席に着いた。アタシもそれに倣ってアイ スコーヒーを持ってレイの前に座った。 「レイ、教えてもらおうじゃない。一体何で受理されなかったの?」 「それはね、私の方が先に受理されていたからよ。」 「でも、アタシの方が先に書類を出したのに、何故?」 「昔ね、日曜日に飛行機が墜落して、新婚カップルが大勢死んだことがあったらしいの。 それがね、そのカップルの半分以上が入籍していなくて、物凄いトラブルがあったらしい の。それ以来、役所では夜間休日を問わず、24時間婚姻届を受理するようになったらし いの。理由はともかく、今は24時間婚姻届を受け取ってくれるから、私の分は昨日の夜 12時きっかり、というか今朝の0時丁度に出したの。アスカが来るんじゃないかと思っ てビクビクしていたけど、来なくて安心したわ。」 「じゃあ、レイが先に出したから、アタシのが受け取ってもらえなかったの?」 アタシの顔は真っ青になっていた。 「そうよ。アスカも書類に不備が無いか、何度も確認してるでしょ。それなのに駄目だっ たっていうことは、他に説明がつかないんじゃない。」 「じゃあ…。」 「そうよ。今日から私のことは碇レイって呼んでね。」 「アタシは認めないわ。それにシンジも認める訳は無いわ。」 「アスカ、往生際が悪いわね。あなたも、碇君が離婚届を出すなんて思わないでしょ。そ れに裁判を起こすことも。」 そう、アタシは何かの話で聞いたのだが、一度出された婚姻届は、本人がいくら無効だと言 っても、撤回されないらしいのだ。だから、方法は2つ。裁判を起こして無効であることを 証明するか、離婚届を出すかだ。アタシはシンジがそんなことをする筈が無いと思ってこの 作戦を思いついたのだが、レイも同じ考えらしい。 「でも、アタシはあきらめないわ。」 「まあ、ご勝手に。私はこれから学校に行くから。じゃあね、残念だったわね。」 レイはそう言い残して去って行った。アタシはレイが去った後、涙がポロポロと流れて止 まらなくなった。 ***  その日、学校ではレイは何も言わなかった。不気味なほどに沈黙を守っていたのだ。だ が、時折アタシに向かって勝ち誇ったような笑みを向けてきていた。はっきり言って凄く 頭に来た。 授業中のアタシはどうしたら良いのかずっと考えていた。やっぱりアタシはシンジのこと が好きだ。だから、絶対に諦められない。何とかして挽回しないといけない。 案その1:シンジと二人で駆け落ちする。 駄目だ。シンジがウンと言わないだろう。 案その2:レイを亡き者にする。 駄目だ。そんなことをしたら、シンジに間違いなく嫌われてしまう。ていうか、アタシは 何て恐ろしいことを考えてしまったのだろう。 案その3:愛人になり、事実上シンジを独占する。 アタシのプライドが許さないし、それは置いておいても独占する妙案も無い。却下だ。 案その4:レイに土下座してシンジを譲ってもらう。 駄目だ。レイがそんなことでシンジを譲ってくれる訳がない。 案その5:MAGIで戸籍を書き換える。 駄目だ。リツコはおそらくレイの味方だろう。それに、これは犯罪行為になる。 案その6:とにかく行動あるのみ。 そうだ、これしかない。色々考えてもしょうがない。当たって砕けろだ。もう、プライド なんかにこだわっていられない。シンジに泣きすがってでもアタシと一緒になってもらう ように頼んでみよう。 アタシは心を決めた。 *** 「ねえ、シンジ。ちょっと顔貸して。」 アタシは昼休みにシンジを呼び出した。そして人気の無い場所に連れて行った。 「どうしたのアスカ。こんな所に呼び出したりして。」 「そうね。まずは、シンジ。お誕生日おめでとう。」 「あ、ああ。ありがとう。」 「でも、ごめんね。アタシ、シンジの誕生日プレゼントを買っていないの。」 「えっ。ああ、気にしなくても良いよ。」 そう言いながらも、シンジはちょっとがっかりした様子だったわ。 「ううん。その代わりに、アタシはシンジに何かしてあげたいの。そうね、例えばキスと か、それ以上のことでもいいわ。」 「ア、アスカ。一体どうしちゃったのさ。急にそんなことを言い出して。」 シンジは少し面食らっているようだ。だが、ここで引いてはいけない。 「本当のことを言うわ。アタシ、シンジのことが大好きなの。好きで好きでたまらないの。 だから、物を贈るんじゃなくて、アタシの気持ちを贈ろうと思ったのよ。」 「ア、アスカ…。」 シンジは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたわ。本当に驚いたみたい。 「でも、アスカ。僕は何も取り柄がないし、アスカに釣り合うような男じゃないし。それ に、アスカは前に僕のことを嫌いだって言っていたし…。」 「シンジは、アタシのことが嫌いなの?」 「ううん、そんなことはないよ。アスカの気持ちは嬉しいし、アスカは可愛いと思うし、 でも急な話だから、悪いけど今すぐに返事は…。」 「レイのことが好きだから?」 そう言いながら、アタシは自分の涙腺が緩むのを感じていた。もし、シンジがこれでウン と言ったらどうしようかとも思ったが、アタシはどうしても聞きたかった。 「分からない。レイはきょうだいみたいなものだと思っていたし。」 アタシはそれを聞いて少しほっとした。 「他に好きな女の子がいるの?」 「ううん、いないよ。」 「じゃあ、アタシが嫌いでなければ、ウンって言ってもいいじゃない。」 「そ、そんなこと言われても…。」 「じゃあ、お願い。アタシの気持ちを少しでいいから受け止めて欲しいの。」 アタシはシンジに近寄って、シンジの唇にアタシの唇を近づけていったわ。そして、寸前 で目を瞑ったの。でも、直ぐにシンジの唇が触れたわ。アタシはシンジの背中を強く抱き しめたわ。そして、しばらくそのままの格好でいたの。 「ア、アスカ。ごめん。」 「何よ。シンジは何か悪いことをしたの?」 「いや、そうじゃないけど。」 「じゃあ、何で謝るのよ。」 「こんな、はっきりしない僕で申し訳ないと思って。」 「そう思うのなら、これから二人で出かけない?」 「えっ、何処へ?」 「海辺のペンションか、高級ホテルに行くの。そして、二人で美味しく夕食を食べるの。 もちろん、翌日の朝食も。」 「ア、アスカ、冗談は止めてよ。」 「冗談じゃないわよ。アタシがこんなことで冗談を言うと思う?」 「思わないけど、でもいつものアスカじゃないよ。」 「そうよ、いつものアタシは我慢していたの。いつかシンジから好きだって言ってもらお うと思ってね。でも、もう我慢の限界なのよ。」 「アスカ、本当に僕のことが好きなの?信じても良いの?」 シンジが乗ってきたわ。これはチャンスね。 「そうよ、信じてちょうだい。そうね、その証しとして、アタシは今晩シンジの部屋に行 くわ。そして、シンジにキスをして、その後はシンジに全てを任せるわ。」 「えっ、そ、それって…。アスカは自分の言っていることが分かっているの?僕だって、 一応男なんだけど。途中で止まらなくなるかもしれないんだよ。」 シンジはちょっと顔が赤くなったわ。もう一息ね。 「良いの。アタシ、シンジのことが好きだから。それに、そうなったら、来年の誕生日プ レゼントが赤ちゃんになるかもしれないじゃない。アタシ、シンジの赤ちゃんなら、是非 欲しいわ。」 いやだ、アタシったら何て恥ずかしいこと言ってるんだろう。 「それほど言うんなら「ちょっと待った!!」 あっ、やっぱりお邪魔虫が現れたわ。アタシは自分の計画が崩れゆくのを感じていた。 シンジ、18歳の誕生日(後編) サードインパクトから何年も経ったが、アタシの戦いは終わっていない。そう、以前は 頼もしい戦友であった綾波レイとの戦いがだ。だが、アタシはレイとの戦いに決着を付け るべく、覚悟を決めた。そう、今日は2019年6月6日の木曜日。今日こそ決着を付け る運命の日なのだ。 *** 「それほど言うんなら「ちょっと待った!!」 あっ、やっぱりお邪魔虫が現れたわ。案の定、レイがこの場所を見つけてしまった。 「碇君、騙されちゃ駄目よ。アスカは、嘘をついているわ。」 「な、なによ。何処が嘘なのよ。」 「アスカは碇君のことが好きなんじゃなくて、単に私に渡したくないだけなの。だから、 アスカを選んだら、碇君は不幸になるわ。」 「そんなことないわよ。シンジ、こんな女の言うことを信じちゃ駄目よ。」 「まあいいわ、そんなことは。それよりも碇君には大事な話があるの。私は今日から碇レ イになったの。」 「えっ、父さんの養子になったの?」 「違うわ。今日、役所に碇君との婚姻届を出してきたの。」 「えええええええええええええええええええええっ!」 シンジは本当に驚いた顔をしたわ。 「だから、浮気は駄目なの。良いわね。」 「そ、そんな勝手なことをして、酷いよ。ねえ、アスカもそう思うでしょ。」 だが、アタシは返事が出来なかった。 「碇君。アスカも同じことをしようとしたのよ。」 「ええっ、何でさ。」 「碇君がはっきりしないからよ。私とアスカのどちらを好きなのか。」 「そ、そんなあ。だって二人とも、僕のことを好きだなんて今まで一度も言わなかったの に。急に何でそんなことを言うのさ。」 「鈍いこと、それは度を越すと罪になるわ。」 「僕が鈍いって言うの?」 「そうね。」 「でも、僕は二人とも、家族だと思ってきたし、そんなこと急に言われても困るよ。」 「じゃあ、これからゆっくりと言うわ。でも、書類上は、私達はもう夫婦なの。だから、 今日からは一緒に住むの。」 「ちょっと待ってよ。」 「碇君は、私が嫌いなの。」 「そ、そうじゃないけど。」 「私を捨てて、離婚する?」 「ちょっと待ってよ。結婚していないのに。」 「もうしてるの。だから私は碇君の妻。」 「だから、そんなことは僕は知らないよ。」 「碇君は私を捨てるのね。そう、私はゴミなのね。」 「違うったら。」 「じゃあ、私を捨てない?」 「そんなことしないよ。」 「じゃあ、これで私は碇君の妻ね。」 「ど、どうしてそうなるのさ!」 「私と碇君は、結ばれる運命にあるからよ。」 「もう、いいかげんにしてよ。ふざけないでよ。」 シンジがそう言って怒ったら、レイは涙をポロポロ流し始めたわ。まずい、シンジは泣き 落としに弱いから。 「ど、どうして泣くのさ。」 「碇君は私を人間だと思っていない。だから嫌がるの。私はそれが悲しい。」 「そういう問題じゃないんだよ。」 「でも、私を受け入れてくれる人はいないかもしれない。真実を知ったら、きっとどの男 の人も離れて行くわ。私には碇君しか頼れる人はいないの。」 「あ、綾波。」 「でもいいの。私は人間じゃないから。人並みの幸せを望むのは罪なのね。」 「な、何てこと言うのさ。そんなことないよ。」 「私は幸せになっても良いの?」 「も、もちろんだよ。」 「本当に?」 「う、うん。」 「嬉しい。碇君、大好き。」 レイはそう言うと、シンジに抱きついてキスをしたわ。キーッ!アタシは、はらわたが煮 えくり返るような思いをしたわ。 「ちょっと、何すんのよレイ!離れなさいよ!」 アタシが怒鳴ると、シンジは我に返ってレイから離れたわ。 「私のファーストキス。碇君で良かった。」 「あ、綾波…。」 「私を捨てないで。お願いだから。碇君に捨てられたら、私死んじゃう。」 「駄目だよ、死ぬなんて言っちゃ。」 「じゃあ、私を捨てないで。これで離婚歴がついたら、もう私は幸せになれないの。」 「ちょ、ちょっと考えさせてよ。」 「うん、分かった。碇君を信じる。碇君は絶対私を捨てない。そう信じてるから。」 レイはそう言ってシンジから離れたわ。そして丁度その時、昼休みの終わりを告げる予鈴 が鳴ったの。だからアタシ達3人は急いで教室へと戻ったわ。 ***  5時限目の授業中、アタシはずっとシンジを見ていたわ。シンジは物思いに耽っている ようだったわ。きっと、アタシを取るかレイを取るか、悩んでいるのね。 休み時間になったら、シンジは教室を出て、どこかに消えてしまったわ。アタシとレイは お互いを牽制していたから、シンジを見失ってしまったのよ。 でも、6時限目までにシンジは戻って来たの。でも、シンジは5時限目の時と比べて、顔 に深い悩みの色を浮かべていたわ。これだけ悩むなんて…。アタシは一抹の不安を感じた わ。 これだけ悩んで出す結論だもの、シンジは何があっても変えないと思うのよ。それがアタ シにとって良い結論だったら良いけれど、もしそうでなかったら…。アタシは考えたくも なかった。 でも、レイはずるい。シンジがどちらを好きかという論点から目をそらして、レイが幸せ になれるかどうかという論点にすり替えている。これは危険な考え方だ。何故なら、レイ はシンジと一緒にならないと幸せになれないが、アタシは誰と一緒になっても幸せになれ るという方向に行きかねないからだ。 自分の生い立ちの不幸を逆手に取るなんて、レイの作戦には脱帽したわ。でも、あるいは それもレイの本心なのかもしれない。だが、そうなるとアタシは不利になる。アタシの心 は不安で張り裂けそうになった。 授業が終わり、帰宅する時間になった。今日はアタシ達の家でシンジの誕生パーティーを する予定だ。ヒカリとアタシで先に帰って食事の準備をするのだ。アタシは後ろ髪を引か れる思いで帰途についた。駄目で元々と思いつつ、ヒカリを通じて鈴原にシンジと一緒に 帰るようにとお願いしておいた。 ***  シンジの誕生パーティーは、いつものメンバーで行われた。ヒカリにレイ、鈴原に相田 を加えた6人だ。最初はシンジに順番にプレゼントをしていく。アタシは帰りがけに買っ た時計がプレゼントの品だ。シンジはアタシから何ももらえないと思っていたらしく、驚 いた顔をしていた。 その後は相田と鈴原が漫才をやったり、アタシとヒカリで隠し芸をしたりしたが、直ぐに カラオケへと突入した。アタシとレイは張り合ってシンジとデュエットした。ヒカリと鈴 原も一緒に歌ったため、相田は少ししょんぼりとしていた。 それを見たシンジが、アタシに相田とデュエットするように頼んできた。もちろん最初は 断った。レイに頼めばと言い放ったが、レイは『嫌』と一言で断ったということだった。 アタシは悩んだが、シンジの困った様子を見て、渋々頼みを聞くことにした。 相田は、アタシが声をかけると、飛び上がらんばかりに喜んだ。アタシは相田が変な誤解 をしたらまずいと思ってやんわりと釘を刺した。 「アンタがつまらなそうな顔をしているからよ。みんなが楽しくしなきゃ嫌だって言う奴 がいるからね。」 「ああ、それでも良いよ。惣流って結構良い奴なんだな。」 「はん、そんなこと言っても何も出ないわよ。それより、歌うからには全力で歌うわよっ!」 こうして、アタシと相田は3曲続けて熱唱した。相田は思ったよりも歌がうまかったので、 アタシも悪い気はしなかった。 その後、アタシはシンジと歌ったり、相田や鈴原達とも一緒に歌った。ヒカリもアタシの 目配せを受けて、相田と何回かデュエットした。だが、レイだけはシンジ以外とは歌おう としなかった。  7時を過ぎると、ミサトが帰ってきた。そうなると、ビールの出番だ。アタシ達にも、 ワインが回ってきた。そんなほろ酔い加減の中で、いきなりレイが爆弾発現をした。 「みなさ〜ん、ちゅうもくう〜っ。これから重大発表を行いま〜す。今日、私こと綾波レ イは、碇君と結婚し、碇レイとなりました〜っ。」 「う、嘘よ!皆、信じちゃ駄目よ。」 アタシは声を張り上げて否定した。だが、レイも負けてはいなかった。 「碇君。今日こそはっきりさせてもらうわ。私と離婚してアスカを取るのか、それとも私 を妻と認めるのか。さあ、どうするの。」 シンジはレイの言葉にゆっくりと立ち上がった。そして、静かに話し始めた。 「僕は、今日役所に電話して、僕の婚姻届が受理されたのかどうか聞いてみたんだ。そう したら、綾波の言う通り、僕の婚姻届が提出されて受理されたそうだ。だから、僕は結婚 したことになっているらしい。おそらく、綾波の言うことは本当だよ。」 それを聞いて、皆唖然とした。 「僕も迷った。本来は綾波を叱らなくてはならない。でも、婚姻届を撤回するのは不可能 らしい。裁判を起こすか、離婚届を出すしかないらしいんだ。」 そこまで聞いて、アタシは耳を塞ぎたくなった。嫌だ、もう聞きたくない。アタシの聞き たいのは、どちらが好きかなのだ。シンジの本心なのだ。だが、シンジは続けた。 「だが、僕はどちらの方法も取らないつもりだ。だから、綾波にお願いしたい。もう一度 白紙に戻して欲しいんだ。」 シンジはレイを見つめた。だが、レイは涙を流して言った。 「嫌。私は碇君と一つになりたい。碇君は私が嫌いなの?」 「違うよ。でも…。」 「じゃあ、問題ないわ。」 「あ、綾波…。」 「私を地獄に突き落とすつもりなら、離婚届を出して。そうでなければ私を幸せにして。」 もう、アタシは我慢出来なかった。 「ちょっと待った!シンジの気持ちはどうなのよ。アタシはそれが聞きたいわ。シンジが アタシ達のことをどう思っているのか、それだけを聞きたいわ。」 「そ、それは…。ごめん、良く分からないんだ。でも、僕は綾波の決意が固いなら、しょ うがないと思う。どうしてもと言うなら、このまま結婚したままでいるしかないと思う。」 それを聞いたレイの顔がニヤリと笑ったわ。そして、さらにシンジは続けたの。 「アスカなら綺麗だし、性格も良くなったし、スタイルも良いし、頭も良い。どんな人と も仲良く出来るし、これからも、素晴らしい人にめぐり会えると思う。アスカの可能性は 無限なんだ。でも、綾波は違う。人見知りするし、良い相手にめぐり合えるかどうか、分 からないんだ。」 「イヤよ!そんなの、理由にならないわ。」 「聞いてよ、アスカ。アスカは素晴らしい女性だと思う。僕にはもったいない位だ。だか ら、もっと良い人を見つけてよ。」 「イヤよ!イヤよ!イヤよ!」 「僕が保証するよ。アスカに出会った男は、例外なくアスカのことを好きになるよ。今の アスカは、誰から見てもステキな女性だよ。」 「じゃあ、アンタもアタシのことを好きになったの?」 「そ、それは…。」 「ほら、嘘じゃない。」 「嘘じゃないよ。僕は、会った時からアスカが好きだった。それは本当だよ。」 えっ、本当なの。だったら、シンジはアタシのことが好きだってことじゃない。だって、 『会った時から』って言ったもの。現在進行形じゃない。 「じゃあ、アタシを選びなさいよ。」 「だから言ったじゃないか。アスカは僕にはもったいないんだよ。それに、僕は知らなか ったことはいえ、綾波と結婚しちゃったんだよ。理由はともかく、一度結婚した人を突き 放すことは出来ないんだよ。だから、僕のことは忘れて欲しい。」 こいつったら、何も分かっちゃいない。アタシの性格が良くなったなんて大間違いなのよ。 アタシは切れてまくしたてた。 「イヤッ!アタシの性格が良いですって!冗談じゃないわ!アタシはシンジに好かれたい と思って、猫を被っているだけなんだから。シンジが好きになってくれないんだったら、 馬鹿らしくてやってらんないわよ。アタシがどんな思いで笑顔を振りまいてきたか、アン タに分かる?アタシだって我が儘を言いたかったわよ。好きでも無い奴とは喋りたくもな かったわよ。でも、シンジに嫌われたくないから、シンジに少しでも気に入られたいから、 アタシはいい子を演じてきたのよ。それなのに、何の努力もしないレイと結婚するですっ て。冗談じゃないわ。今までのアタシの努力は何だったっていうのよ!許せない、絶対に 許せないわよ!」 アタシは大声で叫ぶと、大粒の涙を流した。もう我慢出来ない。シンジを失いたくない。 その想いがアタシの正常心を奪っていった。言うことが支離滅裂になりそうだった。 「いいっ!アタシの性格はレイよりもずうっと悪いのよ。男なんて殆ど大嫌いだし、女だ って半分は嫌いよ。そんなアタシの性格が良いですって。ハン!笑っちゃうわ。シンジは 何も分かっちゃいないんだから!アタシはシンジが好き!シンジじゃなくちゃ駄目なの! もう、シンジしかいないの!シンジがいるからアタシはいい子でいられるの!アタシは今 まで頑張ってきたわ。だから、努力が報われてもいいじゃない。頑張っても頑張っても報 われないなら、シンジがレイを選ぶなら、アタシはいい子になんかならない!どうして、 どうしてアタシを選んでくれないのよ!どうして、どうして分かってくれないのよ!」 アタシは涙をボロボロと流した。鼻水も垂れて、きっと物凄くみっともない姿なんだと思 う。でも、悲しくて、悲しくて、涙も鼻水もが止まらなかった。努力はきっと報われる、 シンジはいつかきっとアタシの努力を分かってくれると思っていたのに。それだけを信じ て頑張ってきたのに。 「あきらめなさい、アスカ。碇君は私を選んだのよ。」 レイはシンジの顔を両手で掴むと、濃厚なキスをした。シンジも抵抗しなかった。アタシ はレイに負けたことをその時初めて自覚した。アタシの魂の叫びもシンジの心には届かな かったのだ。だからもう、アタシには打つ手が無かった。それが分かっているからこそ、 アタシの涙は止まることが無かった。アタシは顔をくしゃくしゃにして涙を流し続けた。 その日、床に水たまりが出来るほど泣いたのだった。そう、涙が涸れるほど。だが、アタ シの涙も、ついにシンジの心を動かすことは無かった。シンジはその後誰に何を言われて も離婚届を出すことはなく、アタシの人生に碇シンジという名の男が絡むことは、この日 を境にして無くなったのだ。 (注)LASが好きな方のみ、続きをご覧下さい。 シンジ、18歳の誕生日−エピローグ− 「お〜い、ただいま〜。」 物凄い修羅場になっているとも知らず、加持さんが陽気に帰って来た。 「おっ、どうしたんだみんな。」 加持さんも雰囲気がおかしいって分かったらしい。でも、アタシは加持さんのことを見る ことが出来ず、俯いていた。 「そうだ、シンジ君に謝らないとな。本当に悪い。済まない。申し訳ない。」 「ど、どうしたんですか、加持さん。」 だが、加持さんはそれには答えなかった。レイとシンジがくっついていたからだろう。 「ん、駄目だぞ、シンジ君。レイちゃんと一緒にいたら。アスカと一緒にいなきゃ。」 「加持さん。実は、僕は綾波と結婚したんです。」 「何馬鹿なことを言ってるんだ。シンジ君は、惣流シンジになったんだ。はっはっは。俺 が間違えて書類を書いたせいでな。いやあ、悪いなあ。」 「えっ!!!」 シンジは驚いたようだ。えっ、惣流シンジって、一体何なの? 「どういうこと。碇君は、私と結婚したはず。」 レイの声がした。 「いやあ、昨日役所の友人の所に行ったら、婚姻届は18歳の誕生日の前の日から受理さ れるっていうんで、昨日届けたんだ。その時名字を間違えて惣流にしちゃったんだよ。」 えっ。そ、それって。ま、まさか…。 「ほら、戸籍謄本もある。」 「見せてください。」 シンジの声だ。 「あっ、本当だ。」 「一体何故。何故碇君が惣流君になるの。」 アタシも涙を拭き、顔を上げて戸籍謄本を見た。確かにアタシとシンジが結婚したことに なっている。し、信じられない。夢じゃないかしら。アタシは頬をつねったが痛かった。 あっ、これは夢じゃないんだ。 やった!やった!やった!奇跡が起きた!起死回生の大逆転だ!アタシは加持さんに抱き ついて、何度も何度も何度も礼を言った。そして、嬉しくて嬉しくて嬉しくて、もう涸れ 果てたと思っていた涙が再び滝のように流れたのだった。 後で分かったことだが、法律上は誕生日の前日に年齢が一つ上がるらしい。4月1日生ま れの人が上の学年に上がるのもそのせいらしいのだ。だから、昨日婚姻届を出すことが出 来たということだ。 こうして、見事アタシとシンジは結婚した。シンジも観念してアタシとの結婚を認めた。 その晩、レイが青ざめ落ち込んだ顔で帰って行ったのは言うまでも無い。そして、加持さ んは気をきかせて、私とシンジを市内で一番高級なホテルへと連れて行ってくれた。おか げで、翌朝二人は美味しい朝食を、幸せ一杯の気分で味合う事が出来た。ちょっと遅めの 朝食だったけどね。アタシ達はとてもステキな思い出を作ることが出来たのだ。 もちろん、その成果は約10カ月後に現れた。碇司令は、おじいちゃんになったのだ。 おしまい 拍手する ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき 「アタシの人生に碇シンジという名の男が絡むことは、この日を境にして無くなったのだ。」 というアスカの言葉は本当でした。なぜなら、シンジは惣流シンジとなったからです。




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